常時英心:言葉の森から 1.0

約10年間,はてなダイアリーで英語表現の落穂拾いを行ってきました。現在はAmeba Blogに2.0を開設し,継続中です。こちらはしばらくアーカイブとして維持します。

ゼミで学んだこと #13

 私がこのゼミに入りたかったのは英語教師という夢を叶えるためであり、知識を身につけて大学最後の一年を終えるという気持ちで当初は臨んでいた。しかし、私は単なる知識だけではなく、生きる武器を得ることができた。
 そもそも、私は体育科教師を目指したがどこか物足りなさを感じ、帝京大を辞め一年間の勉強を決めた。しかし、それは間違っていなかった。ここから、自分の英語史が始まったということ。また、田邉ゼミに所属できたこと。英語という言語が好きになれたこと。当時は英語で文章を読む楽しさ、違う視点での物の見え方、言葉の奥深さ等を学ぶことができ、今度この楽しさを共有し、教えたいと思い英語関係の学科のみに絞り、明治学院大学に入学した。このチャレンジが私の単に英語の知識習得に留まらず、大まかに3つの新しい視点を手に入れることができた。
1)”力”の付け方、
 まず、言葉を習得するには並外れた努力が必要であることをゼミでの様々な経験から実感した。それは”自分が勉強をしている”という自己満足の次元では確固たる英語力は備わらないという先生からのお言葉を受け、何が勉強で何が正しい努力の仕方なのかを授業や、他大学の学生、講演会や合宿等を通して身をもって学ぶことができた。例えば、辞書を使う時は紙の辞書を使う勉強法で「辞書を愛でる」という言葉の出会いである。出会った単語に付箋を貼っていくことでコンスタントに続けることができている。この「辞書を愛でる」という言葉を行動にすることで、自分の英語に対する何らかのtraceを実感でき、またいつでもretraceできる。やるべきことの一部が目に見えて、脳にこの辞書ごと記憶したいという一つの目標ができ、必ず努力しつづけてゆく。
2)学ぶ意義 
また、自分にとって夏のゼミ合宿はかけがえない経験であり、あの環境で飛び交う言葉、全員が英語に真剣に向き合っていた環境などは刺激的であった。中でもRichieさんから”mystery”という単語は英語に対する意識をより前向きにしてくれたお言葉であった。それは、「不思議に思うことが学びの楽しさであり、学びの根幹である」と。恥ずかしがって話さないのではなく、今の自分と向き合って知らないことをしっかり認め学ぶ姿勢を変えていくべきだということを実感した。だからこそ、pushed outputの環境で素直に言えない表現や知らない言葉などを吸収していく態度作りが必要であった。そして、またinputに戻り知識を増やしてゆく。初日は英語を話すことに気が進まなかったが、自然とそんな気持ちは吹き飛んでいて、一種の自信のような感覚を感じ、物にすることができた。あの自信がなかったらドラえもんを英語でスキットはできなかったであろう。そのおかげで今は拙い英語であるが英語を話すことに抵抗はなく、私の学習意識、態度が改善することができた。
3)教師としての自信
 そして、教師として備えるべき英語力・指導力についての知識を得ることができた。春から模擬授業を通して仲間の授業からや、田邉先生からの的確なご指導・ご指摘等を承り自分の英語の授業に何が欠けていたか、もちろんまだまだ力不足だが、このような経験を経て自分が教育実習等の授業において一定の自信を得ることができた。また、「中途半端な気持ちや、英語力で教師になっては生徒たちに失礼であり、そんなのは犯罪だ」というお言葉も印象深く、改めて教育の崇高さや責任感を日々実感することができ、教師の影響力というのは大きいことも痛感した。田邉ゼミだからこういう意識が芽生えたのだと実感できる。

 私は自分の選んだこの道に間違いはないと自信をもって言える。このゼミに所属せずに体育科や別の道だったら英語をそれほど愛さずに大学生活が終わって後悔すらしない人生を歩んだだろう。だが、この一年で自分の英語力と向き合う大切さまた、どういう力を備えるべきなのか等を知ることができた。これから、私立の選考が残っておりこのゼミで培った英語に対して屈強な姿勢をもって教壇に立ちたい。本当にこのゼミでは人の出会いに感謝している。多くの人をはじめ田邉先生の下で勉強でき心から感謝しています。これから自分の常時英心スタイルを続けてゆく。本当にありがとうございました。(The Place of God)