常時英心:言葉の森から 1.0

約10年間,はてなダイアリーで英語表現の落穂拾いを行ってきました。現在はAmeba Blogに2.0を開設し,継続中です。こちらはしばらくアーカイブとして維持します。

ご指名質問回答:All the world's a stage

UG先生からご指名質問を頂きました。お題は、次の記事の見出しの補足です。記事では、The Reclaim Shakespeare Companyが、エネルギー関連企業のBPがthe World Shakespeare Festivalのスポンサーになっていること、さらにRoyal Shakespeare Companyと結託していることについて非難しているという内容です。

あるサイトでは、"The Royal Shakespeare Company have chosen to put BP’s money in their purse."と表現しています。こちらは、『オセロー』の第1幕第3場で、イアーゴが、オセローを将軍から失脚させるという陰謀を企てるために、イアーゴがロダリーゴに何度も「財布に金を入れておけ」という台詞の引用です(リンク先はケネス・ブラナー演じるイアーゴ)。それでは補足をしてみます。

All the world's a stage – and all the men and women merely environmentalists who hate BP

これは間違いなく『お気に召すまま』の第2幕第7場139行(エディションによっては、行が違います)の鬱ぎ屋の旅人ジェイクイズ(Jaques)の台詞からの引用です。オックスフォード版のテクストを参考にしつつ、試訳と共に解説してみます。

JAQUES All the world’s a stage,
And all the man and women merely a players.
They have their exists and entrances,
And one man in his time plays many parts,
His acts being seven ages.
(As You Like It, Act 2, Scene 7, lines 139-143)

ジェイクイズ この世ってのは舞台、
どんな男も女も何でもない、ただの役者なんだ。
みんなそれぞれに登場や退場という演出が割り当てられ、
そして、一人ひとりが色んな役を演じる、
年齢よって7幕に分けられているのさ。
(『お気に召すまま』第二幕第7場139-143行、訳筆者)

この台詞はシェイクスピアの戯曲で最も有名な台詞の1つで、人生を演劇に擬えています(先日の記事で『マクベス』のTomorrow Speechの話題が出ましたが、そこにも舞台や演劇のイメージがあります。パトリック・スチュワートの名演を御覧ください)。

さて、この台詞で自分が面白いと感じるのは、ウィットがメタの視点を含め何重にも渦巻いている点です。
まず劇の登場人物たちは主体性を持って行動しているように見えるが、実は割り当てられた役を演じているだけにしか過ぎないことです。
1)劇の登場人物が劇の中で行動するということ
2)現実の役者が『お気に召すまま』のお芝居の役を演じていること
さらに、この台詞を聴いた観客も実はただ「自分の人生」を謳歌する役者に過ぎないというメタの視点を感じるでしょう。
3)観客が神など人智を超えた存在に「自分の人生」という劇で、さまざまな役割——つまり、学生、観客、会社員、先生、親の子供、子供の親、誰かの友達、誰かの恋人などの社会的アイデンティティを演じる役者——を演じさせていることに気づくこと

このように劇中の登場人物の役の構造のさらに外を渦巻くメタの構造があるのです。ここで観客が「ハッ」と気づいた瞬間がこの台詞の面白いところだと思います。『お気に召すまま』を手がける演出家や役者はきっと「してやったり」と思うはずです。もしかしたら、天からそれを見るシェイクスピアは、その演出家や役者を見てほくそ笑んでいるのかもしれません。

ちなみにわたしにとって、これはシェイクスピアの中でも好きな台詞の1つです(一番好きなのはコロコロ変わりますが『オセロー』のオセローが第5幕2場で自殺する時の台詞です。涙なしには見られません)。
この台詞に関しては、様々な演出があり、劇のハイライトの1つにもなっております。お一つだけ紹介するとすれば、次の映像が、ジェイクイズの皮肉っぽいイメージと世捨て人みたいな鬱ぎ屋のイメージが全面に出ていて良いと思います。(Othello)

http://www.youtube.com/watch?v=e-bhFovMJBk

今度、新百合ヶ丘小田急線沿線)で、『お気に召すまま』が上演されます。会場のアルテリオ小劇場もちょうどいい大きさで音響も素晴らしく、綺麗な劇場です。先日、翻訳者の松岡和子先生と演出家の河田園子さんによるトークショーに参加しましたが、何やら歌に凝っているとのこと。お時間があれば、みなさんも是非足を運んでみて下さい。
http://stage.corich.jp/stage_detail.php?stage_id=39800