常時英心:言葉の森から 1.0

約10年間,はてなダイアリーで英語表現の落穂拾いを行ってきました。現在はAmeba Blogに2.0を開設し,継続中です。こちらはしばらくアーカイブとして維持します。

横糸をつむぐ: 英語を書くこと

蔵出しシリーズ第?弾!昔,研究社の『現代英語教育』(良質な専門誌でしたが,残念ながら休刊)に連載していたときのエッセイです。

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与えられた和文の意味をくみ取り、推敲を重ねる。試訳と訳例を比べ、自己添削する。がっかりしたり、満足したり、発見したり、etc。こんな英文の横糸をつむぐ修業--昔ながらの和文英訳は、今は流行らない。
世はCommunicative全盛、ライティングでもパラグラフをどう発展するかという英文の縦糸の指導に余念がない。しかしながら指導する教師の英文がお決まりの構文の羅列ではいただけない。
お遊びをふたつ。
*w杯への切符を手にした日本代表だが、予選では痛い引き分けの連続。ではその「痛い」はどう処理する? hurting draw?
**インドネシアの山火事に端を発した煙害。が、皮肉にもお膝元の首都ジャカルタでは青空が続いていた。では「この皮肉にも」は?ironically?
(お楽しみはコラム末)
閑話休題。英文修業では多くの英文に触れ、「英作文的読書」(金子稔)をし、気に入った表現を音読・筆写という手段で自らの中に‘はらむこと’が基本である。しかし、仕事に追われる教師にはこれが難物。が、そこは良くしたもので、その道の先達の指南書にあたるという方法もある。
古くは武信由太郎、伊地知純正、増田綱、青木常雄、小澤準作などの諸氏が有名だが、現在入手可能なものでは、まず山田和男『英作文研究-方法と実践-』(文建書房)がある。第1部(方法)は著者の英作文哲学。「英語らしい英語」(idiomatic English)をつむぐ秘伝が開陳される。第2部(実践)では、長文30題と『英語青年』高等科和文英訳練習欄からの演習。注釈と試訳を読みながら読者は自らの位置を知ることができる。第3部(参考)の翻訳例と英文エッセイでは、「英文修業の高み」が提示される。
「山田」とくれば、やはり佐々木高政『和文英訳の修業』(文建書房)。本書を貫くのは読者に対する熱い眼差しである。読者の困難点を予測した上での「考え方」や「解説」は、‘つぼ’にはまる。まずは、予備編の暗誦用文例を繰り返し、「英語が口を突き、指先にうずくように」する(中には今では古いものあり)。次に基礎編で技巧を学ぶ(例: The next fifteen minutes passed intolerably slowly.の下線部はなぜ with intolerable slownessとした方がすわりがよいかなど)。横糸つむぎのための細かい技巧が見えてきた上で、さらに仕上げの応用編。3種類の訳例が親切。それから、本誌でおなじみの中尾清秋『英文表現の基本と実際』(研究社出版)も快著である。基本編は、英文つむぎのための基本知識である。が、単なる知識の羅列ではなく、随所に熱い思いが微妙に配合してあり、読み手の心に響く。実践編は、「毎日ウイークリー」からの添削例と自由英作文。痒いところに手が届くコメントが秀逸である。
最後の戸川晴之『英文表現法』(研究社、絶版-すみません。古本屋巡りを!)は大著である。「風に木の葉がゆれている」という事象は簡単に訳出できよう。しかし、風の強さや、葉のゆれかたの違いといった微妙なニュアンス(例えば、「そよ風」ならThe wind is sighing through the leaves of the trees./「葉のざわめき」ならThe wind is rustling the leaves of the trees.など)を伝えられる人は少ないと指摘。この見地から上級者の表現力養成を目指したのが本書である。
ややもすれば伝える量や速さに意識がゆき、ひとつ、ひとつの言葉の持つパワー、喚起力をじっくりと噛み締めることが少なくなった現代。背後にある物語と連動する言葉に関心が向かなくなった(清野徹)。だからこそ、われわれ英語教師はせめて、英文からでも横糸つむぎの範を生徒達に示したいものである。

The Japan Times(11/18/97)は小憎らしくも「costly 1−1 draw」とつむいでいた。
**「...leaving the capital with embarassingly blue skies」としていたのはTime誌(9/29/97)。