常時英心:言葉の森から 1.0

約10年間,はてなダイアリーで英語表現の落穂拾いを行ってきました。現在はAmeba Blogに2.0を開設し,継続中です。こちらはしばらくアーカイブとして維持します。

The silence of life

学校も始まり準備などで忙しく本を読む時間が削れてしまっていました。今日は,久しぶりに読む時間ができたので,今読んでいるE.M. ForsterのA Room with a View(1908)から,英語表現を拾います。

場面は,第6章。この小説の第1部も終盤です。イタリアに旅行に来ている仲間とピクニックに行っている最中に,主人公ルーシーは他の仲間を探しに行きます。出会ったイタリア人に案内されている最中に,森で転んでしまいます。次の瞬間目の前には,蓮に覆われた美しい池があり,ふと見ると探している人ではないが,好意を持っている人(the good man, George Emerson)がいました。

George had turned at the sound of her arrival. For a moment he contemplated her, as one who had fallen out of heaven. He saw radiant joy in her face, he saw the flowers beat against her dress in blue waves. The bushes above them closed. He stepped quickly forward and kissed her.
Before she could speak, almost before she could feel, a voice called, "Lucy! Lucy! Lucy!" The silence of life had been broken by Miss Bartlett who stood brown against the view. (Chapter 6, emphasis add)

さて,強調したlifeについて考えてみます。なぜ,ここではlifeが使われているのでしょうか。ジョージがキスをする時間についての描写は書いてありません。いったいどのくらいの時間キスをしていたのかわかりませんが,普通,ここではthe silence of the poundや,ただ単にthe silenceとすると思われます。

ここでlifeが使われているのは,静まりかえった蓮の池で起こったできごとの美しさを際立たせるからです。つまり,ルーシーがミス・バートレットに呼ばれる前の,ルーシーとジョージの2人だけの空間や時間を強調しているのです。意味をみてみるとlifeには「最も大切なもの」という意味もあります(『リーダーズ英和辞典』研究社)。二人にとって大切な――小説でも重要な――時間は,ミス・バートレットの声によって一気に現実に戻されてしまいます。結果的に2人のキスはよりロマンチックにうつり,読者にとって印象深くなることでしょう。

さらに,キスをするまでのジョージの行動や風景の描写は,割と詳しく描かれていることに対し,キス自体の描写はほとんど描かれていません。これにより,キスの描写を読者の想像に委ね,2人のロマンチックな演出を盛り上げることに貢献しています。そして,最初のパラグラフは“He stepped quickly forward and kissed her.”で終わり,次の描写が“Before she could speak, almost before she could feel”と始まっており,2つのパラグラフの間の時間の流れ,つまりキスをしている間は2人にとって永遠に続かのようにロマンチックな印象を読者に与えます。

また,小説の中でもこのジョージのキスは,ジョージにとっては衝動的で,ルーシーにとってかなり衝撃的なできごとであることは,文章から読み取れます。それは,“He stepped quickly forward and kissed her.”とジョージが歩み寄る描写からわかりますし,“Before she could speak, almost before she could feel”からは目を丸くしたルーシーを想像させます。引用した箇所で第6章が終わるのも,ふたりだけの大切な時間(life)と空間(view)が急に終わったことのように感じさせます。簡単な英語で書かれていますが,非常に味わい深い箇所です。(Othello)