常時英心:言葉の森から 1.0

約10年間,はてなダイアリーで英語表現の落穂拾いを行ってきました。現在はAmeba Blogに2.0を開設し,継続中です。こちらはしばらくアーカイブとして維持します。

roe

今回はpersimmon柿生君が以前に取り上げた言葉を参考に,‘roe’について記事を書いてみたいと思います。

魚の卵roe - 田邉祐司ゼミ 常時英心:言葉の森から

実は,この ‘roe’という言葉は,ウィリアム・シェイクスピアの悲劇,『ロミオとジュリエット(Romeo and Juliet)』(初演1597?)では,少々卑猥に,そして面白く使われています。いくつか解釈がありますが,ここではその1つをご紹介させて頂きたいと思います。それでは,さっそく問題の場面を見てみましょう。

MERCUTIO Without his roe, like a dried herring. O flesh,
flesh, how art thou fishified!
(2.3. 36-38, underline mine)1
マキューシオ 種なしロミオは,鰊の干物。おお,肉だ,
棒だ,お前は魚になっちまったんだ!
(第2幕第3場,36-38行,強調筆者 1)
主人公ロミオの友人であるマキューシオは,ロミオが恋人ジュリエットに心を奪われメランコリー(melancholy)に陥ってしまい,この戯曲における理想とされた男性像から逸脱してしまったことに対し,苦言を呈します。

ここで注目したいのは,強調箇所の“without his roe”(2.3.36)です。“roe”(2.3.36)は,persimmon柿生君の記事でも紹介されているように「魚の卵や白子」という意味があります。しかし,ここでは,「白子」という意味を男性の精子(sperm)に掛けているという解釈もあるのです。

オックスフォード版テクストの編者ジル・レヴェンソン(Jill L. Levenson)は “without his roe”(2.3.36)を「卵を生んだ魚のように,精力を使い果たす」ことの比喩と紹介しています。つまり,ジュリエットへの愛情にのめり込むあまり,男性として大切なものをどこかへ落としてしまったというわけです。

この戯曲では,このように“roe”という言葉が,駄洒落のように使われています。悲惨な人というペトラルカ風の‘fish‘のイメージに,愛欲に溺れたロミオを合わせているのです。もしかしたら,われわれが思い描いているロミオ像とは離れているかもしれませんね。このように解釈によって人物のイメージは変わり得るのです。ちなみにフランコ・ゼフィレッリ監督の映画『ロミオとジュリエット』(1968)では,ジュリエット役としてオリヴィア・ハッセー(Olivia Hussey)が出ています。ものすごく可愛いので,みなさまもロミオみたく骨抜きにならぬようお気を付け下さい。(Othello)

1 『ロミオとジュリエット』のテクストからの引用は,William Shakespeare, Romeo and Juliet. Ed. Jill L. Levenson. (Oxford: Oxford University Press, 2000).に基づき,引用箇所は幕・場・行で示す。日本語訳は,筆者による。