常時英心:言葉の森から 1.0

約10年間,はてなダイアリーで英語表現の落穂拾いを行ってきました。現在はAmeba Blogに2.0を開設し,継続中です。こちらはしばらくアーカイブとして維持します。

snob

昨日から,E.M. フォースターの『眺めの良い部屋』(A Room with a View,1908年)を読み始めました。この作品は,主人公ルーシー・ハニーチャーチ(イングランドのある郊外に住むアッパーよりのミドル・ミドル・クラス)とその目付役シャーロット・バーレットがフィレンツェの旅行中のトラブルから話が始まります。今回は『眺めの良い部屋』から英語の表現について考えたいと思います。
場面は,第2章。ルーシーは,滞在先で出会った女流作家のミス・ラヴィッシュ(イングランド人)と一緒にサンタ・クローチェに出かけます。その時,政治批判(political diatribes)などについて話します。文中のSurreyとはサリー(イングランド南東部の内陸州)のこと。それでは,以下をご覧ください。
Miss Lavish looked at the narrow ribbon of sky, and murmured: "Oh, you have property in Surrey?"
"Hardly any," said Lucy, fearful of being thought a snob. "Only thirty acres—just the garden, all downhill, and some fields."
Miss Lavish was not disgusted, and said it was just the size of her aunt's Suffolk estate.(Chapter 2, p.17, 強調筆者)
さて,なぜルーシーはsnobと思われることを心配しているのでしょうか。結論から言いますと,snobであることは,結果的に自分より下の階級の人間を見下すことになるからです。さらに,ルーシーは,自分の収入や階級をひけらかすロウワー・ミドル・クラス的なステレオ・タイプを嫌悪しています。逆説的にルーシーは,自分がsnobであることや自身の階級的なステレオ・タイプを気にするために,返ってそれを露呈してしまうのです。
次にsnobについて少し補足的な説明をいたします。当時のsnobとは,ロウワー・ミドル・クラス的であり嘲笑の対象でした。続いて辞書を引いてみると,「1.紳士気取りの俗物」,「3.身分の卑しい人,無教育者,知識などをひけらかす人,下の階級を見下す人」とあります(『新英和大辞典』研究社,加筆修正筆者)。語源は,cobbler’s manで「靴屋の町人」であることが定説となっています。これは,大学関係者でもないにもかかわらず,勝手に大学に入る人間のことを揶揄して言ったことが始まりとされています。小説の中に潜んだ階級的な問題は,ひとつの言葉からも読み取れることがわかります。
本文とは関係がありませんが,フォースターといえば,後年の小説の内容のためなのか,同性愛を描く作家など間違った認識をされることが多い人です。彼の死後発売された『モーリス』などは,同性愛を扱っていますが,それが主要なテーマではありません。『モーリス』は,同性愛を使って,あくまでイングランドの壊れゆく階級的な社会構造を批判した作品です。違った見方をすれば,純愛が性別や階級をも超える,という恋愛小説とも考えられるかもしれません。
今読んでいる『眺めの良い部屋』にいたっては,同性愛的な描写は見られず,むしろ階級的な問題を孕んだ恋愛小説です。とくに旧時代(ヴィクトリア朝)的な価値観と新時代(20世紀)的な価値観の間で悩む人間模様が機知に富んで描かれています。同時代の他の作家の作品もそうですが,時代の変わり目というのは,一種のテーマだったようにも思えます。英語もそこまで難しくはないので,もし興味があれば読んでみてはいかがでしょうか。(Othello)