常時英心:言葉の森から 1.0

約10年間,はてなダイアリーで英語表現の落穂拾いを行ってきました。現在はAmeba Blogに2.0を開設し,継続中です。こちらはしばらくアーカイブとして維持します。

This blessed plot, this earth, this realm, this England、リチャード三世のadore、そしてJapan Timesの記事の訂正

先日(26/May/2011)のThe Japan Times紙で,アメリカのオバマ大統領がイングランドに訪問したことの記事がありました。そこでオバマ大統領は,乾杯のあいさつのときに,シェイクスピアの戯曲の引用をしました。今回はこの記事から考察したいと思います。
Obama concluded his toast with a quote from Shakespeare’s Richard 3. “To her majesty the queen, to the vitality of special relationship between our peoples and, in this word Shakespeare, ‘to this blessed plot, this earth, this realm, this England’”
Breaking free from starchy conversation, he drew a smile as he told the queen his daughters Malia and Sasha “adore” her.
最初に,紙面に間違いがあったので指摘しますと,この引用箇所は,『リチャード3世』(Richard III, 1591? )ではなく,『リチャード2世1』 (Richard II, 1595? )の第2幕第1場50行目のランカスター公ジョン・オブ・ゴーントの台詞の引用です。有名な台詞ですので,知っている方も多いでしょう。この台詞は,一般的にはイングランド賛美が謳われていると言われています。紙面の強調箇所は,拙訳ですが「この神聖な土地よ,母なる大地よ,この王国よ,大いなるイングランドよ」と訳せます。
『リチャード3世』の主人公のグロスター公,のちのリチャード3世は,『オセロー』のイアーゴーにも通じる悪党で,体が不自由にもかかわらず,その天才的な雄弁で王座まで上り詰めた人物です。この劇を知っている方なら,あのリチャード3世が,このような台詞を言うはずないと気づくことができます。
次にダブル・コーテーションで囲まれていたので,念のため adoreも調べてみました。こちらは『リチャード3世』の台詞でも使われています。ふつうadoreは「(神と)崇める,崇拝する」(『リーダーズ英和辞典』第2版,研究社)という意味ですが,これが本当に『リチャード3世』の引用ならば,劇では,「2.もっとも深く愛する」(拙訳筆者)(Shakespeare-Lexicon: A complete Dictionary of all time English Words, phrases and Constructions in the Works of the Poet. 3rd Edition, Dover Publication)という意味合いで使われています。ちなみに 使われているのは,第1幕第2場のアンチヒーロー,リチャード3世の台詞です。
Which if thou please to hide in this true breast,
And let the soul forth that adoreth thee
I lay it open to the deadly stroke,
And humbly beg the death upon my knee.
(1.2. 177-179)
もしそれ(研ぎ澄まされた剣)をあなたへの愛情のこもったこの胸の奥深くに突き刺し,
あなたのことを深く深く愛する魂を外へ出したいのなら,
俺は胸をさらけ出し,
ひざまずいて,あなたに殺されることを願おう。
(第1幕第2場177-179行,試訳筆者)
非常に有名な台詞ですが,これはリチャード3世が,自分が殺したエドワードの未亡人アンを口説いている場面です。ものすごい口説き方ですね。ここにリチャード3世の天才的な才能を垣間見ることができます。この劇ではadoreが,上記のように使われていますが,もし本当に引用でも,おそらくオバマ大統領はadoreにリチャード3世の言うような意味を含めていないでしょう。ここでは,単純に,オバマ大統領の娘がエリザベス2世を「大好き」という意味合いで使っていると考えられます。(Othello