常時英心:言葉の森から 1.0

約10年間,はてなダイアリーで英語表現の落穂拾いを行ってきました。現在はAmeba Blogに2.0を開設し,継続中です。こちらはしばらくアーカイブとして維持します。

日本語の語順

田邉先生が授業で度々指導してくださる日本語の語順について,毎日新聞(08/08/10)の「今週の本棚」に面白い記事がありました。ネットでも見つけたので,部分的に引用します。(院生 小山本)
  

たとえば「2 センテンスを終える難しさ」の章の終り近くに、日付のような単純なことを答える場合でも「今日は七月七日ですけれど」と「けれど」を付けることが多い、とある。「今日は七月七日です」と言い切るのでは断定の含みがあって角が立つからという。世間に対する遠慮の表現だというのだ。

 この語法は特殊な業界にも及ぶ。この章の前のほうに、精神医学の業界言葉では、「症例セミナー」のとき、最大級の敬語を患者に使うという話があった。「何々さんはこうおっしゃいました」「どうしても何もおっしゃらないものですから」という調子で報告する。この超敬語は若い医者に多く、「患者様」などという滑稽(こっけい)な言い方もある。この「患者様」は一般の病院にも普及していて、わたしなどどうもくすぐったい。「患者」「患者さん」でいいのに。これは世間への遠慮の新型。

 この章の出だしは、日本語で苦労するのは文末処理、つまりセンテンスの閉じ方だという話である。論旨が否定なのか肯定なのかはおしまいまでゆかないとわからない。あるブラジル人の女性医師は、日本語は便利ですね、何かを主張していて、相手の表情から「あ、まずい」と判断すると、最後のところで「……とは思ってもみませんが」と引っくり返せばいい、と言った由。われわれの言語生活は、敬語のレベル選びからはじめて、いちいち相手との関係を考えながら語を選ぶのだ。

 日常生活でこういう話し方をしているとき、文章語はどう書くことになるのか。その心得は? それは最終章「18 日本語文を書くための古いノートから」にあって、若い精神科医に科学論文の書き方を教えた経験を語るのだが、広い範囲の人々に役に立つ。

 助言の第一は「文と文との接続」を意識化すること。次の文(センテンス)は今の文の内容を別の表現で言うのか(並列)、内容を具体的に例をあげるなどするのか(解説)、すこし角度を変えて光を当てるのか(敷衍(ふえん))、先行する複数の文をまとめるのか(要約、総合)を考えて、どれを選ぼうかと思案すること。以下、第二に、第三にと具体的にそして分析的に説明してあって、次にパラグラフ(段落)とパラグラフの関係について述べ、文章はパラグラフ単位で記せと教える。これは極めて実際的な教訓。

http://mainichi.jp/enta/book/hondana/news/20100808ddm015070005000c.html