ゼミで学んだこと #16
まず初めに、UG先生に出会えたこと、先生のもとで一年間学ぶことができたことを本当に幸運であったと思うと同時に、感謝をしています。先のことを予言し、見ることはふつうはできませんが、一つ自信を持って、確信をもって言えることは、先生にお会いできなければ、教員としての私、一人間としての私に大きな違いがあっただろうということです。このゼミで学んだ一番大きなことは、英語教育や英語の知識というよりも、それを通じて、「人として、教師としてどうあるべきか」ということです。
一つ目は、ゴールを目指して、努力をつづけよということです。
私は、続けられない人間でした。好きな英語でさえ、また、英語教師という将来の仕事に直結する英語というものでさえ続けられない人間でした。何も大げさに言っているのではなく、「よし、やろう。」と意気込んでも、三日坊主という言葉にぴったりと当てはまるように、3日も経たないうちに行動が伴わず終わってしまっていました。いつも楽な方、楽な方へと流されていた気がします。この大きな欠点を自分では自覚していましたが、見て見ぬふりをしていました。
ただ、三年の四月にUG先生と出逢ってから、大きく変化がありました。正確には、変化をもたらしていただきました。英語ということばの面白さ、奥深さを教えていただくとともに、「目指すべき本物の英語教師」の像を伝えてくださったことにより、英語教師を志す者として、どこに向かっていけばよいのかを知ることができました。その到達点の一つは、圧倒的な英語能力、英語教授能力、知識を持っているというところです。この近づけば近づくほど遠ざかっていくだろうゴールを伝えていただいたことで、私は、そこに向かい努力し続けようという姿勢を得ることができました。続けられない、努力できない人間だった私をかんがみると、今も、与えられたそのゴールに向かって、言葉だけでなく、行動が伴っているのを、自分ながら驚きます。継続するということを知識として得たのではなく、心に火をともされたような、UG先生のいわれるところの、種を植え付けられたような、行動の伴うもの、あるいは、自然と身につけられていたものになっていたように思います。
二つ目は、世界を知れということです。
これは、文字通り世界の情勢を知るということではなく、様々な人、またその姿、あるいは、学問、あるいはその分野を知ることによって、自分はまだまだ小さい存在であると知れということです。
事実、UG先生と出会い、教員になってからどのような努力を続けてきたか、あるいは、先生がご教授くださる、言葉の奥深い世界、英語教育の深いところを知る中で、または同じゼミ生や先輩、専修ゼミ生や卒業生の姿を知ることにより、いかに自分が狭い世界にいて、思い上がっているのかを身をもって感じさせられました。同じゼミ生が図書館で、宿題をとは関係なく自主的に英語、英語教育の勉強をしている姿、休み時間に外のベンチでで一人で単語を勉強している姿、また、ゼミ合宿では長い休み時間を模擬授業の練習に使っている姿をみて、自分の努力の範囲はまだまだ足りているものではないと実感させられました。あるいは、専修ゼミ生のすべての単語に発音記号がふってあり、書き込みでいっぱいのアメリカ口語教本を見たことや、毎日投稿するブログの単語を見ることで、自分の努力の少なさを実感しました。専修ゼミ生の先輩のお話を聞き、ゼミ生時代にどれだけの努力をしてきたのかを知って、また英語教育史学会の例会に参加し、かつての英語教師が何を思い、どのようなことをなしてきたのかという世界を知ること、コミュニケーション論や指導法の奥深い世界を知ったことで、当然ではあるのですが、自分の知識、技量はまだまだなものだと実感しました。
この経験がなければ、自分がちっぽけな存在であることを知らずに思い上がった人間、経験を積んだだけの偉そうにふるまう教員になっていたかもしれません。早いうちに広い世界があることに気付けたことで、それらを知っていきたいという気持ちを得ることができました。自分はまだまだ小さな人間だと知った経験は、より大きなものへ向かっていくための、努力をするための原動力となっています。英語教員を目指す者として、支障をきたさない程度の英語力、英語教育の知識、指導力というものが到達点なのではなく、英語教師に求められていることは非常に多く、英語という言語、英語教育という領域など英語教師にかかわる領域は様々なものがあり、それぞれが深く続いているということを知りました。このことを知ったことで、英語教員の高みを目指していきたいと思うようになりました。UG先生が、様々な世界、領域があることを授業で伝えてくださったことで、またはそのきっかけを与えてくださったことで、思い上がりの自分を正していくことができました。この先も、「井の中の蛙」にならないよう、人との出会いや英語ということば、英語教育の世界を深めていく中で、様々なものを見られる人間になっていきたいと思います。
以上の二点が、一年間のゼミで学んだ中の大きな二つとなります。どちらも、知識としてつけたのではなく、一年を通じて体得させてもらったように思います。まさに、UG先生が「教師の仕事は種まきだ。」とおっしゃっていたとおり、自分の中に、種を植えてもらい、あるいは、火をともしてもらったように思います。今後も人として、英語教員を目指す者として努力を続け、火は大きくし、種には水をやり、英語教員を目指す者としての、あるいは、人としての高みを目指していきたいと思います。
最後になりましたが、一年間、白金台の大学のゼミを担当してくださり、本当にありがとうございました。UG先生のような、種をまける教師を目指していきます。