常時英心:言葉の森から 1.0

約10年間,はてなダイアリーで英語表現の落穂拾いを行ってきました。現在はAmeba Blogに2.0を開設し,継続中です。こちらはしばらくアーカイブとして維持します。

respectable

オーストラリア出身のP.L.トラヴァースの『メアリー・ポピンズ』(Mary Poppins, 1934)は、続編も書かれ、ディズニーが1964年に映画化をして大ヒットしました。今ではイギリス児童文学界の聖典のひとつです。今回は、この作品の第5章 ‘ The Dancing Cow ’から単語を一つご紹介したいと思います。
場面は、イングランドのロンドン。メアリー・ポピンズがナニー(nanny)をしているアッパー・クラスの家です。その家の女の子Janeの耳が痛くなりベッドで休んでいて、気持も沈んでしまいます。そこで、その兄弟Michaelが元気づけようと窓の外を実況中継します。そこには、なんとタウンの真ん中にもかかわらず雌牛がいたのです。この雌牛の描写から一つ取り上げます。
“The Red Cow was very respectable, she always behaved like a perfect lady and she knew What was What.” (p. 66-67, 強調筆者)

このThe Red Cowは擬人化されて描写されています。牛に“respectable”とは普通使わないでしょう。さらに牛は、a perfect ladyとも決して呼ばれません。今回はrespectableについて考えてみたいと思います。

そもそもrespectableとはどのような意味でしょうか。『新英和大辞典』(第4版、研究社)によると:

  1. 尊敬するべき、立派な
  2. 身分のよい、相当な地位にある
  3. 世間体ばかりを気にする、(態度・所作など)上品振った、紳士気取りの

以上の意味が載っています。ここで最初に注目するのは、2の「身分のよい」という意味です。この意味でのrespectablerespectabilityは、本来ヴィクトリア朝のアッパー・クラス、アッパー・ミドル・クラスの社交界で重んじられた「勤勉、清潔、礼儀正しさ、質素、純潔」のことです。これは、ヴィクトリア女王(1819-1901)がそれらを尊重して育てられたことが背景にあります。

続いて、3の「世間体ばかりを気にする」という意味について扱います。この意味は、先ほどのアッパー・クラスのrespectableとは違う意味です。上記のような、respectablerespectabilityという語は次第に、先ほどのアッパー・クラスとしての意味合いから、ロウワー・ミドル・クラスを象徴する言葉に変容しました。これは、ロウワー・ミドル・クラスが上昇志向を持って、それよりも上の階級を目指しrespectabilityを自分たちの生活に取り入れたことに関係があります。つまり、ロウワー・ミドル・クラスが、アッパー・ミドル・クラス、アッパー・クラスを真似て、respectabilityを身につけようとしたことに対し、アッパー・クラス、アッパー・ミドル・クラスは、それに反発しようとしたのです。結果的に、respectability、respectableはロウワー・ミドル・クラスを象徴する言葉になりました。

ここからは深読みになりますが、テクストの文章の意味をもう一度考えると、擬人化された雌牛は、respectableにもかかわらず、アッパー・クラスのある町にいることは、ロウワー・ミドル・クラスの上昇志向への皮肉とも読めるかもしれません。これは次の文章で“She led a very busy life”や “All her days were exactly the same”とあることからも、ロウワー・ミドル・クラスらしさが表れていることからも考えられます。さらに、メアリー・ポピンズの魔法の力は、階級のみならず、人間と動物の垣根をも超える存在として読むことも可能です。つまり、魔法を力を借りることで、種族などをも超越することが可能になるのです。魔法の力の効果は、ほかの映画(例えばハリー・ポッター・シリーズなど)や他の文学作品にも出てくるのでお馴染ですね。

苦し紛れですが、「The Red Cowはとてもリスペクタブルで、彼女はいつも非の打ちどころのない女性のように振舞い、何がどうなのかわかっていた」などと訳せると思います。

最後にイングランドの階級と作品の関係については 以前専修大学でご講演をしてくださった新井潤美先生のご著書がどれもわかりやすく、細かく書かれておりますので、ぜひご確認ください。(Othello
Cf. http://d.hatena.ne.jp/A30/20101130/1291117028