常時英心:言葉の森から 1.0

約10年間,はてなダイアリーで英語表現の落穂拾いを行ってきました。現在はAmeba Blogに2.0を開設し,継続中です。こちらはしばらくアーカイブとして維持します。

crown jewels

小山本くんが取り上げた記事で思い出した拙稿は,『英語青年』ではなく『現代英語教育』に掲載されたものでした。14年も前のことですっかり忘れていましたが,crown jewelsは忘れもしない表現でした。昔からこんなことをしていたんですね。後半のMy dog ate my homework.はこのブログでも紹介しています。
http://d.hatena.ne.jp/A30/20100617/1276764508
ともかく,以下,再録します。(UG)

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股間の痛みと行間の痛み
 ダイアナ妃のインタビュー,その後のメディアの報道に注目された読者諸氏は多いと思う。その内,拍子抜けするほど簡潔なTimeのコラム(p.68, 12/4/95)には苦笑させられた。Now on TV: Diana, Godess of the Haunt 「テレビ初登場:亡霊の女神ダイアナ」とローマ神話の「狩猟の守護神であるダイアナ」をもじったタイトルのコラムがそれで,初めて沈黙を破り語ったダイアナ妃の今回の行動をTime流に総括している。面白かったのは,まず:
 In last week's frank one-hour interview on the BBC, she delivered as penetrating a kick to the crown jewels as any woman in history.
のイタリック(筆者)の部分である文字通りには「王室に痛烈な一撃を加えた」ということであろうが,この文には読み手の解釈にまかされた独特のimplicationが隠されている。仕掛けは penetratingとcrown jewelsである。前者は「男性にしかわからない股間のあの痛み」を,これに関連して後者は,family jewels(testicles, balls)を文脈上想起させる。欧米では女の子は母親からjewels(宝石)を受け継ぐが,男の子の場合は,同じ「光り物」でも父親からりっぱなjewels(お宝,珍宝,p.1373, 『Reader's Plus』研究社)を授かるといったようなことを,昔まことしやかに教わったことがある。このような背景知識があればイタリック部分は「王室の急所(股間)に激烈な痛みを引き起こす一蹴りを入れた」と解釈できる。してやったりと,ニコッとしているコラムニスト(女性である!)の得意そうな姿が瞼に浮かぶ書き方である。
 また,ダイアナ妃のロンドンの骨董商へのイタズラ電話疑惑に関しては,次のように述べられている:
But no, she didn't make all those calls to a London art dealer, a"young boy" did it(right after he ate her homework).
このカッコ内のイタリック部分(筆者)にも同様の仕掛けがある。むろん「直後に少年はダイアナ妃の宿題を食べてしまった」ではない。「自らの調査っで少年のいたずらだったことがわかった。」 と語ったダイアナ妃の「調査(homework)」という言葉尻をとらえて,鋭く行間にmetaphporicalなコメントを滲ましたものである。宿題を忘れた子供達が先生に向かって口にするMy doggie(brother, etc.) ate my homework. という共通の言い訳をもじったもので,この部分は「この釈明は眉唾もんだ」ととることができる。
 直接的な表現をさけ(王室相手だから当然か),英語母語話者の一般的なFrame of Refernce (知的枠組,英語教育の文脈ではschema)に訴える行間利用のレトリックは心憎しい。悲しいかな,英語を外国語として学び・教える者には,この類の仕掛けが時として一番の痛みとなることがある。こういった仕掛けをつかみ,筆者(話者)の意図にpenetrateできないと,本当の意味でのコミュニケーションは達成できない。これは股間ならず行間からくる痛みである。「あいたー!」とならないよう英語教師の修業は続く。
(『現代英語教育』1996年 2月号)